店じまいした老舗

牧阿佐美バレエ団がある中野にはとっても美味しい鰻の蒲焼専門のお店がありました。

 

バレエ団の帰りがけに時間がある時にはガラリと引き戸を開けて入り一番小さいサイズの蒲焼を食べて、ひとときの満足感を味わったりしたものです。

お店に入らなくてもテイク・アウトも出来たので、主人と私の二串を買って藤沢の我が家で食べたりしました。

 

実はチョット恥ずかしい話なのですが、このお店の蒲焼に出会うまで私は蒲焼の皮の部分が食べられなかったのです。

鰻の姿や焼いた皮を見るとヘビを連想してしまい皮から身をはがして食べていたのですが、ある時店の女将さんに言われてしまいました。

  「あら!鰻の一番栄養があって美味しいところを食べないんだねー・・・」と。

 

鰻の店の人にすごく失礼な食べ方をしてしまったことに私なりにショックを受けて、以後あまり鰻を食べなくなったのですが、ふとしたことが切っ掛けで中野の鰻のお店で食べる羽目になったのです。(数人での会食)

その時、女将さんの言葉を思い出し、我慢してご飯と一緒に鰻も皮ごとパクリ・・・・

  なんと!予想に反して美味しかったのです。

口の中で皮と身の差を感じることもなく全てが程よくマッチして、思わず「美味しい」と言ってしまうと連れの一人が言いました。

  「此処のは特別に美味しいんだよ」

それ以来そのお店の鰻重ではなくても皮ごと食べられるようになったのです。

 

数日前、バレエ団の仕事を終えて中野駅へと急ぎ足で向かう途中、気が付いて見ると今迄あった筈の美味しい<鰻の老舗>が<牡蠣専門店>代わっているではありませんか。

 

――時代は移り変わり物事は絶えず変化し続ける――とはいうものの、やはり残念というか寂しい気持ちです。

 

鰻の原価が高騰し、従って売値も他の食品と比べると格段に高値な上に鰻の蒲焼一筋で店を経営していくのは困難になってのことなのか?単に経営者が年老いたので引退を決めたのか?原因ははっきりとは解りませんが、今の時代には貴重とも思える老舗が姿を消しました。